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上武鉄道の廃線跡を辿る
- 2009/08/05(Wed) -
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左:朝から霧雨の降る土曜日。上武鉄道の廃線跡を辿ることとした。旧駅の位置などはGPSに登録してGO。
中:JR八高線「丹荘」駅舎。赤瓦屋根が可愛らしい。駅員さんに、駅の写真撮影をお願いしたら、「駅内に入って撮っていいよ」とOK。
右:高架橋から高崎方面を望む。左手に分岐する緩いカーブの芝生が、上武鉄道の廃線跡なのだ。

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左:こじんまりとして、綺麗な丹荘駅。八高線は単線非電化単線ながら、この駅は有人駅なのだ。
中:八高線から上武鉄道の分岐付近。用水路の土留めに枕木が転用されている。これはもしかしたら、旧上武鉄道の廃材の転用かもしれない。
右:旧上武鉄道の駅跡方向から、八高線「丹荘」駅を望む。

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左:丹荘駅を出た上武鉄道跡は、町道として整備され、緩い曲線で南下する。
中:ここから、自動車は入れないが、自転車&遊歩道となって煉瓦道として続く。
右:「神川中学校前」駅跡。当時は生徒・学生の通学でも賑わったと思われる。鉄柵がなければ、当時のホームそのままの状態で保存されている。

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左:「神川中学校前」駅跡。木製白ペンキ塗りの駅名板がそのまま保存されているのだ。
中:ここから、並木道になり、一気に田園風景が広がる。
右:青柳駅跡。ただし、遊歩道はここまで。

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左:ここからは町道となって続く。
中:田園風景そのものである。
右:ここからまた遊歩道となっている。

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左:盛土部分となり、田面から一段高い道床を走る。
中:遊歩道のとちゅうに東屋がある。当時のホームもこのようなスタイルだったと思われる。
右:もう少しで寄島駅跡であったが、今回はここで、エリアから「飛ぼうよ」]電話があり中断。また次回ここから探索をしたく思う。

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左: 上武鉄道(日本ニッケル専用線)路線図。Yahooの地図はこちらから。
右:また、実際に経由したGPS軌跡と、デジカメのタイムスタンプ等を利用して写真を自動配置するソフトあり。
この「trk2googlemaps」でHPやブログ用の軌跡マップを簡単に生成してくれるすぐれものなのだ。


010★初期画面 020★へっどたいとる
左:とりあえず版で「空飛ぶパンダの寄り道日記」というサイトを作って、生成したWebをUPしてみた。
右:このような様式で、紀行日記風になってしまうので、これは簡単ですね。

030★地図 040★距離 050★写真
左:グーグルマップが自動的に組み込まれ、経由地点、写真も自動配置される。
中:時間・距離・高度など、GPSデータより自動的にグラフも生成されている。
右:写真には、後から自由にコメントを付けられるし、位置データから住所まで自動で引き当ててくれる。様式はとりあえず型どおりだが、何しろここまで簡単に出来るのがありがたい。

・上武鉄道日丹線とは(Wikipediaより)
 上武鉄道(じょうぶてつどう)は、埼玉県児玉郡神川町の丹荘駅と西武化学前駅の間を結ぶ鉄道路線(日丹線)を運営していた鉄道事業者である。1986年に鉄道路線を廃止したが、以後も群馬県倉賀野に本拠を置く通運会社として存続している。


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旧上武鉄道日丹線は、埼玉県児玉郡神川町の外れにある工場と八高線・丹荘駅を結ぶ民鉄でした。
昭和16年に日本ニッケル鉄道の名で開業後、専ら製品や資材の輸送に利用されてきましたが、昭和22年に貨物列車に小さな客車を連結して旅客輸送も始めました。

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※終着駅は勿論、工場内にありました。
※途中駅は神川中学校前, 青柳及び寄島でした。
しかしながら、ご多分に漏れずモータリゼーションの進展によりなけなしの旅客も激減してきたため、昭和47年に旅客輸送を廃止、再び貨物輸送に専念する事となりました。

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その貨物輸送も、トラック輸送にシフトして行った事及び八高線での貨物輸送の削減(丹荘駅での貨物取扱いの廃止)もあり、昭和61年に全線廃止となったのです。

今も、上武鉄道の名前を付けたトラックを県内で見かけるので、会社そのものは輸送会社として存続しているようです。

跡地は、埼玉県神川町が大半を緑道として整備しましたが、丹荘周辺は所有権の問題もあって、工場周辺は安全の問題もあって、今も手付かずのようです。

・路線データ
路線名称:日丹線
区間(営業キロ):丹荘 - 西武化学前 6.1km
駅数:5(起点駅を含む。旅客営業廃止時)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)

・歴史
 もとは、太平洋戦争中の1942年(昭和17年)に、日本ニッケル株式会社が群馬県多野郡にあった多野鉱山、ニッケル精錬所と神流川を隔てた埼玉県児玉郡にあった若泉製鋼所の専用鉄道として敷設した鉄道である。

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 戦後、軍需物資の輸送に頼っていた鉄道の維持が困難になっていたことと、沿線自治体の要望により1947年(昭和22年)5月に地方鉄道に転換し、旅客営業を開始したもので、運営は日本ニッケル鉄道部(通称日本ニッケル鉄道と呼ばれた)が行った。

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 1960年(昭和35年)に日本ニッケルの鉄鋼部が朝日化学肥料に譲渡され、西武化学工業(現・朝日工業)が発足したのにともない、日本ニッケルの一組織であった鉄道部が独立し、1962年(昭和37年)に上武鉄道となった。

 1943年(昭和18年)11月には、軍需物資であるクロム鉱石などの輸送を目的として、終点付近から分岐して、若泉村渡瀬(わたるせ)にいたる2.3kmの延長計画が立てられたものの、資材の調達ができず、翌年断念された。戦後は、地方鉄道転換とともに延長を申請し、1946年9月に免許が下付されたが、今回も資金の目途が立たず、1966年に免許は失効した。

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 地方鉄道転換後は、途中に停留所(駅)が増設されたが、1日の利用客は10人を割り込む状況で、実態は専用鉄道同然であった。1972年(昭和47年)12月いっぱいで旅客営業を廃止し、貨物専業となったが、沿線住民からは特に反対はなかったという。その後、貨物輸送は積替えの必要のないトラック輸送に切り替わり、1986年12月に廃止された。

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 1980年代の上武鉄道では、国鉄で廃車となった大量の車両の解体が行なわれていた。
貨車はいうに及ばず旅客車までが西武化学前駅に送り込まれ、次々と解体されていった。
西武化学工業では、日本ニッケル時代からスクラップの再生製鉄を行なっており、そのノウハウを活かした副業が、国鉄末期の需要とマッチしたものであろう。

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廃線跡は大部分が遊歩道(丹荘駅よりの数キロはセンターラインのある車道)になっている。
地元では『日丹線』『ニッケル線』の愛称で呼ばれていた。

1941年(昭和16年)7月 専用鉄道敷設許可
10月15日 敷設工事着工
1942年(昭和17年)6月30日 日本ニッケルの専用鉄道として開通
1946年(昭和21年)3月15日 地方鉄道転換申請
9月25日 地方鉄道転換認可
1947年(昭和22年)5月1日 地方鉄道に転換し、旅客営業開始。青柳駅、寄島駅、若泉駅(後の西武化学前駅)設置

1962年(昭和37年)1月1日 上武鉄道に改称
1966年(昭和41年) 神川中学校前駅設置
1973年(昭和48年)1月1日 旅客営業廃止。貨物専業鉄道となる。同時に神川中学校前駅、青柳駅、寄島駅廃止
1986年(昭和61年)12月31日 全線廃止
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